東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2085号 判決 1965年9月08日
理由
本件公正証書に控訴人主張の内容の金銭貸借に関する記載があることは当事者間に争いがない。
そこで、同証書記載の金銭貸借に関する被控訴人の主張について検討する。
被控訴人の主張は、これを要約すると、被控訴人と万紀屋との間には、昭和三十一年八月十五日現在本件公正証書に表示されているとおりの金銭貸借の事実はなかつたが、両者間に従前から行われ、そして将来も継続する予定の約束手形交換の取引関係があつたので、被控訴人は、右取引に関して生ずべき万紀屋の将来の債務金中金百五十万円の限度で、その支払を確保するため、前同日控訴人との間に連帯保証契約をとりきめたうえ、右取引を続けてきたところ、昭和三十二年一月中右取引に関して万紀屋に現実に金銭を貸渡すという事態となつたので、同月三十一日、右金銭貸借上の債務と昭和三十一年十月中以降の手形取引から生ずべき万紀屋の債務との総額中前同額の金百五十万円について、あらためて控訴人を連帯債務者とする準消費貸借を結んだものであり、その後、万紀屋がその振出の手形の不渡りにより現実に支払義務を負うに至つた金額と右貸金額とをあわせると、被控訴人は前記金百五十万円を越える債権を現実に有するわけであるから、結局本件証書記載の権利関係は実際に合致することとなつたものである、という趣旨に解される。
しかしながら、債務名義たる公正証書は、これに記載されてある債権者の権利に関する事実がそれに合致する権利発生の原因事実を伴つていないときは、たとい、同一の債権者債務者間に証書記載の権利と同種同額の他の権利が実在しているとしても、その債権者は実在の権利のために右証書を利用して強制執行をすることは許されず、債務者は請求異議訴訟により、そのような公正証書の執行力の排除を求めることができるのである。本件公正証書については、そこに記載されているような金銭貸借の事実のなかつたことは、被控訴人の自ら認めているところであるばかりでなく、被控訴人主張事実の全体を検討してみても右証書記載の内容に合致するというに足りる事実関係の主張があるとは、とうてい認めることはできない。かえつて、被控訴人主張の事実と、本件弁論の全趣旨とをあわせ考えると、被控訴人は、その主張の継続的手形取引関係から生ずべき将来の債権の弁済を確保する趣旨のもとに、事前に、万紀屋および控訴人との間に金銭貸借に関する契約を仮装したうえ、同契約につき公正証書作成の嘱託をした結果、本件証書ができたものであることを明らかに看取することができる。
このように、本件証書は、その記載の権利関係に合致すると認められる実体関係を伴わないものであるから、同証書の執行力の排除を求める本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、正当として認容すべきであり、これと異る原判決は失当である。